#36ボウラーハット
この小噺は作り話です。
小林賢太郎氏の作品にインスパイアされて書きました。一部のアイデア、固有名詞はそのまま使っています。出典は最後に書いてあります。
あれもかぶりたい、これもかぶりたい。自分に1番しっくりくる帽子はなんだろうか。
けけ氏は帽子、というかかぶり物が好きだ。普段からキャップ、ハンチング、ハットなどいろんなデザインの帽子をかぶっている。今やけけ氏といえば帽子とメガネがトレードマークといってもいいくらいだ。
「そういや学生のころ、コントやるのに工事現場のコーンかぶったこともあったな。オレのかぶり物人生のスタートはあん時か?」
たしかに、それ以来色んなものをかぶってきたけけ氏である。もはやかぶりもののエキスパートと言ってもいいだろう。そんなものがあれば、の話だが。
けけ氏は今はクリエイターとして活躍しているが、以前に海外でニホン語を教える仕事をしていたことがある*。(#35けけ氏は先生がお好き、参照) いろんな国でニホン語を教えた。あれは確か、ヨーロッパのどこかの国だったか。ふと立ち寄った美術館で、マグリットの作品にお目にかかったことがあった。
「え?マグリットの回顧展やってんのか。これは見なきゃ、だな。どんな作品が来てるんだろう」
チケットを買って中に入る。けけ氏が迷うことなくたどり着いた絵。それはあまりにも有名な黒いハットの男と青リンゴの絵。
「これ、画集でしか見たことなかったんだよな。プライベートコレクションだから普段はなかなかお目にかかれないんだよ」
そう、ルネ・マグリットの傑作の1つ「人の子」だ。帽子をかぶった男性の顔の前に青リンゴが浮いている絵。
「やっぱ本物はいいよな」食い入るように絵に見入るけけ氏。
たしかに本物はいい。当時の空気を含んだ絵の具の盛り上がりを見ていると、街の喧騒や人々のざわめきが聞こえて来そうだ。一瞬、心がタイムスリップする、そんな気分だ。画集や映像ではここまで心を動かされない。
「うん、待てよ。この帽子、なんて言ったけなぁ。どこかで見かけた気が…」
背が高すぎるシルクハットに変わる帽子として英国人ウィリアム・ボウラーによって考案された帽子。日本では山高帽と称されている。コロンとした丸いフォルム、大きすぎず小さすぎずちょうどいいサイズである。けけ氏はこの帽子に目が釘付けになった。ちょっとググってみる。
「ボウラーハットって言うのか。これだよ、これ!チャップリンが持ってたやつ!」
美術館を後にし、自分に似合いそうなボウラーハットを探し始めたけけ氏。さすがここはヨーロッパである。目当てのものはすぐに見つかった。
「色はやっぱり黒かな。赤いのもよくないか?グレーも捨てがたいな。……ええい、全部買っちまえ」
買ってきた帽子を取っ替え引っ替えかぶってみてご満悦のけけ氏。だが、はたと気が付いた。やはりここはマグリットの絵みたいにスーツでビシッと決めたい。できればクラシックな三揃えがいい。多少の出費はいたしかたない。けけ氏はボウラーハットに似合う三揃えのスーツをあつらえることにした。
「ボウラーハットって山高帽って言うらしいけど、そんな山みたいに背が高いもんでもないよな。むしろ低山帽?じゃ、いっそのこと山みたいな帽子も作ってもらうか。それはそれで面白いぞ」
何しろ面白いことが大好きなけけ氏である。スーツを作るついでに「山のように高い」帽子も注文した。これは出来上がりが楽しみだ。
こうしていくつものボウラーハットと文字通りの山高帽、そして三揃えのスーツを手に入れて帰国したけけ氏。荷解きもそこそこに鏡の前に立ってみる。かの喜劇王チャップリンも愛用していたボウラーハットだ。面白いこと好きなけけ氏にはおあつらえ向きではないか。
「舞台にぽつん、いや、ぽつねんとたたずむ役者が1人…か。よし、これからオレは舞台の上ではこう名乗ろう」
帽子をとり、優雅にお辞儀をしてみせるけけ氏。
「はじめまして。私の名前はポツ…………」
* #35けけ氏は先生がお好き、参照
出典
~maru~
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