#32 虫
この小噺はつくり話です。
小林賢太郎氏の作品にインスパイアされて書きました。一部のアイデア、固有名詞をそのまま使っています。出典は最後に書いてあります。
「ボクね、ほんとうはね、じてんしゃになりたかったんだけどね、今はね、こんちゅうはかせになりたいんだー」
自転車少年改め昆虫少年けけ氏。もちろん自転車好きは変わっていない。ただ、「自転車になる」ということを人前で言うとなんとなく気まずい空気が流れるということを肌で感じるようになってきたので、最近は昆虫少年を公言している。こっちの方が大人のウケが断然いいことも分かってきた。けけ氏、随分と成長したものだ。そんなけけ氏の小学校の夏休みの物語。
夏休み。毎日晴天が続き、虫捕り少年にとっては天国のような日々。今日も朝早くからけけ少年は網と虫カゴを手に裏山へ出かけていた。目的はカブトムシ。昨日クヌギの木に砂糖水をたっぷり塗っておいたから、カブトムシがやって来ているはず。この前はクラスのガキ大将的なやつに先を越されたから、今日はうんと早くに家を出てきた。
「やったー!!カブトムシ、3匹ゲットー!あれ?こいつはなんだろう?へんな色だし、ヘンテコな形してる。なんかコーラみたいな匂いがするや。コーラ虫?なんつって。ねーよ、そんな虫」
今日も沢山の虫を捕まえてホクホク顔のけけ少年だった。
「そうだ、今日は夕方にも来ようっと。懐中電灯の光に集まってくるガとかチョウとかも捕まえたいんだよね。あんまりおっきなやつはヤなんだけどね。キャンプ場のトイレの隅にへばりついてるようなやつ。あーゆーのはいらないけど、キレイなやつなら捕れるといいな」
けけ少年、カブトムシくらいでは満足していない様子。さらなる獲物を求めて今日は丸一日頑張るつもりだ。あまりの熱中ぶりに母親にこう聞かれたことがある。
「どうしてけけはそんなにも虫が好きなの?」
「だってさ、虫ってさ不思議なんだもん。ケムシやイモムシがサナギになって、そっからガとかチョウとかに変身しちゃうんだよ。人間はこんな風に変身できないもん。虫ってすげーや。ね、そうでしょ?だから虫って好きなんだ」
なるほど、納得である。数ある生き物の中で、その姿がここまでドラマチックに変わるのは昆虫くらいのものだろう。いわゆるメタモルフォーゼというやつだ。子どもが夢中になるのもうなづける。
さて、夏休みには宿題がつきものである。休み明けには何かしらの成果を何かしらの形にして学校へ持って行かなければならない。捕まえた何かしらの虫をただ標本にして提出するというのはあまりにも月並み過ぎてつまらない。そこで、工作も得意なけけ少年が考えたのが『架空の昆虫標本』である。こんな虫がいたら面白いだろうな、という想像上の虫を作って標本にする。空き箱、ヤクルトの容器、発泡スチロール。材料は自宅にあるストックでなんとかなりそうだ。さっそく取りかかるけけ少年。
「なんかの本*で読んだことあるんだけど、コーラって『コカコーラの木』から採れるんだって。ビンにつける『コカコーラの栓』が採れる岩ってのもあるらしいんだけど、日本のコーラはコーラ虫から作られるって聞いた。赤いコーラの缶みたいな模様の虫がいるんだ。あれ?この前見たたやつがそれだった?やべ、捕まえとくんだった!あとね、メロンソーダとかボンドなんかも虫から作られてるんだ。企業秘密だから誰も見たことないんだよ。だったら想像で作ってしまってもいいよね。よっしゃー、がんばるぞー」
ノリとハサミとセロテープを駆使してけけ少年は様々な虫の模型を作り、もっともらしい説明文をつけて標本に仕立て上げた。
コーラ虫……………日本産コーラの原料になる虫。赤いコーラの缶のような模様が特徴。絶滅危惧種。
メロンソーダ虫……日本産メロンソーダの原料になる虫。鮮やかな緑色をしている。メロンそっくり。
ボンド虫……………木工用ボンドにそっくりなので、よく文房具屋さんでボンドに擬態している。
カレー虫……………日本産カレーの原料になる虫。カレーのようなスパイスの匂いがするので見つけやすい。
ポンデリング虫……見た目がまんまポンデリング。輪がほどけてアウディのマークに擬態することもある。
電波食い虫…………テレビやラジオの電波を食べちゃうのでテレビが映らなくなって困る。害虫である。
カエルセミ…………カエルが急にセミに変身したもの。ケロケロミーンと鳴く。
明日もいい天気。けけ少年はまた虫捕りに出かけることだろう。そしてまたヘンテコな虫を作り上げることだろう。完成した『架空の昆虫標本』見てみたいものである。
出典
日本の形 夏休み
ポツネン氏の奇妙で平凡な日々
DROP 椅子落語
ALICE イモムシ
CHERRY BLOSSOM FRONT 345 マーチンとプーチン2
KKTV#10 本と嘘