#11 野球
この小噺はつくり話です。
小林賢太郎氏の作品にインスパイアされて書きました。一部のアイデア、固有名詞をそのまま使っています。出典は最後に書いてあります。
街のアトリエにいる時のけけ氏はインドア派である。1日のたいていを自分のアトリエで過ごす。そばにはお菓子の入った大きな壺。テーブルの上には愛用のガイコツ柄のマグカップ。大好きなコーヒーはいつもこのマグで飲む。窓の外にはレインボーブリッジ。見慣れた首都の景色だ。こんな場所では壺馬鹿もできない。だが、外に出られないぶん仕事がはかどる。物語を考えるには絶好の場所ではある。
けけ氏は身長が高い。肩幅は広く、わりとがっしりした体型だ。ぱっと見スポーツが得意そうなイメージ。が、実際はそうでもない。
だが、「女子にモテたい」という不純な動機から、大学では野球部に所属していたことがあった。当時はまだサッカーはそれほど普及しておらず、スポーツマンといえば野球ができるやつで、やたらとモテたのだ。動機はどうであれ野球に夢中になっていたけけ氏。ポジションはピッチャー。ピッチングは122キロ?お、けけ氏なかなかやるではないか。
子どもだったけけ氏に野球の手ほどきをしたのは叔父だった。けけ氏の父親とは違って、いつもシャツにステテコに腹巻というバカボンのパパのようないでたちで、どういうわけか一日中仕事もしないでブラブラとしていた。髪の毛はモジャモジャで、どう見ても勤め人には見えなかった。叔父は野球が好きだったので、暇に任せてよくけけ氏をキャッチボールに誘っていた。
「ほーら、いくぞ。5人分身ピッチャーだ!」
「おじさん、5人もいないじゃん。早く投げてよー」
「ほら、取ってみろー」
「え?なに?なんでハンバーグが飛んでくるの?」
「手ごねだぞー」
訳がわからないおじさんだったが、一緒に遊んでいてこんなに面白い人はいない。けけ氏はいつもこの叔父と毎日暗くなるまでキャッチボールをしていたものだった。
「よーし、またまた5人分身ピッチャーだ!」
「それなら5人分身バッターだ!どうだー」
「おー、けけくん、上手くなったなー」
「いつかさ、オレもさ、おっきな野球場で『4番ピッチャー犬飼』みたいに呼ばれてみたいなー。犬飼選手、カッケーもん」
「おーし。それじゃぁおじさんが練習相手になってやる」
「もう5人分身ピッチャーはいいからね…」
「………」
「あと、ハンバーグもいらないや」
「………」
叔父さんとやっていたヘナチョコ野球と大学に入ってから本格的に始めた野球とは天と地ほどの違いがあった。そりゃそうだ。5人分身ピッチャーなんて怪しいにも程がある。もともと運動神経が良い方ではないけけ氏、あっさりと肘を壊してリタイア。以来野球はやっていない。ただ、ピッチャーの経験があるので、壺馬鹿でボールを投げるのには困らない。それだけはありがたい。とりあえず野球やっててよかった。
数あるスポーツの中でも、試合に表と裏があるスポーツなんて野球くらいだ。表と裏。なんだかパラレルワールドみたいだな。こっちの世界とほとんど同じだけどちょっとだけ違うパラレルワールド。こちらの世界の表はあちらでは裏。じゃあ、野球は守備がバットを持ってバッターがグローブするのか??それはそれで面白そうだな。いいぞいいぞ。面白い物語が書けそうだ。
やはり、けけ氏にはバットやグローブより鉛筆の方が似合ってる気がする。
出典
KAJALLA#1 カドマツ君
零の箱式 たかしと父さん
零の箱式 片桐教習所
LENS
ラーメンズ つくるひと 凸
KKTV#9 シマヤマヤマシの事件簿