#15 マサル
この小噺はつくり話です。
小林賢太郎氏の作品にインスパイアされて書きました。一部のアイデア、固有名詞をそのまま使っています。出典は最後に書いてあります。
今日はけけ氏が書いた短編小説を紹介する。けけ氏は文芸誌に連載も持っているので、小説も執筆する。創るのが仕事のけけ氏にとって小説を捻り出すなんて、赤子の手を捻るようなものだ。(実際に赤子の手は捻ってはいけませんよ!)
就職難民マサル
「なぁ、なんで俺たち就職できねーんだろ」
「そりゃ、あれや。世の中の人間がワシらの素晴らしさに気づいてへんからやで」
「だな。まだ時代がオレたちについて来てねーってことだよな」
ここはマサルのアパート。むさ苦しい男子3人が雁首揃えてビールを飲んでいる。ビールとつい見栄を張ってしまったが、実際は第3のビールというやつ。麦でできていない、いわゆるビールもどき。
首都にあるアパートなのだが、ビルの谷間にある昭和の香りが漂う物件なので、家賃がすこぶる安い代わりに、恐ろしくボロい。マジでボロい。ヤバいくらいボロい。この時代にあって〇〇荘なんて名前がついてて、もはや遺跡のような風格である。良く言えば「いい風合い」が出てるということか。なんにせよよく住んでいられるなと思うが、引越したくても引っ越せない理由があった。
マサルを含めこの男子3人、大学はなんとか卒業したものの、お察しの通り正社員として就職できていないのである。大学を出てるとは言っても、バイトに明け暮れていたため、単位はギリギリ。卒業するのがやっとだった。就職活動もなかなかうまくいかず、結局どこからも内定をもらうことなく卒業してしまった。学歴なんて関係ないだなんて、あれは高学歴のやつが言うことで、大学は卒業したものの、大した努力もしていないような輩には正社員で就職するのはなかなか厳しいのが現状だった。「努力」という文字は、この3人の辞書にはおそらく、無い。
そんな就職難民を狙った詐欺も横行しており、若者が食い物にされている。人の弱みにつけ込むのはどの時代も同じである。マサルもご多分に漏れず「内定金」を払えば正社員にしてやるという単純な詐欺に引っかかっていたのだった。「内定金」?そんなものあるわけない。ちょっと考えればわかることだろうに。マサル、もう少ししっかりしろ。
マサルの父親は医者だ。何も言わないが、マサルには自分の後を継いでもらいたいと密かに思っていたはずだ。マサルが良い環境で勉強に打ち込めるよう努力は惜しまなかった。夜食に好物のあん肝を持って行ったり、マサルが欲しがっていた聴診器をあげたり。「内定金」を払うためだというマサルには仕送りもしてやった。だが、いまはどうだ?バイトで食いつないでいるだと?あぁ、あの時鎖で椅子に縛り付けてでも勉強させておくんだった。父の後悔の沼は底なしだ。ずぶずぶと沈んでいく…。どうする、マサル。
「なぁ、俺たちさ、このまま就職できなかったらどうなんの?」
「ワシ、実家寺やし、後を継ごかな思うてんねん」
「えー、なにその保険。ずるくね?俺も保険ほしいわぁ」
「オレんち親が医者だからさぁ。世間体ってゆーの?いつまでもブラブラしてられねんだよな」
「それ、きっついわぁ」
「そーなんだよ。ま、とりあえずは立てこもる、とゆーか引きこもるわ」
「引きこもりかー。俺にはムリっぽい」
「ワシがお前らに念仏でも唱えてやろか?」
「やめろよ、縁起でもない。引きこもって、時代がオレについて来るのを待つわ」
「え、なに、おまえ。それ、ちょっとカッコよくね?」
と、あっさり就職活動を諦めてマサルは今ではりっぱに引きこもりをやっている。後悔の泥沼にはまり込んだ父親にマサルが差し伸べたのは、まさかの泥舟であったか。ママからお小遣いをもらいゲームに興じる毎日。実家から持ってきたトランペットも吹かれることなく部屋の隅でホコリをかぶっている。
いや、分かってる。こんなことじゃダメだって分かってる。時代はとっくにマサルに追いついてそのまま追い越して行ったんだぞ。んん〜って。
壁にかけられたままのリクルートスーツを見て、さすがのマサルもヤバいなと薄々感じ始めていた。
「就職フェアのDM来てたはずだよな。行ってみるか。ママについて来てもらった方がいいかな。1人で行くべき?どうしよう?」
マサルの就職への道はまだまだ遠そうだ。とりあえずボタンのあるシャツを着るところから始めてはどうだろう?
月刊誌「小説厳冬」2月29日発売号掲載
出典
FLAT 透明人間
カジャラ#4 在宅超人スウェットマン