#17 チーズ
この小噺はつくり話です。
小林賢太郎氏の作品にインスパイアされて書きました。一部のアイデア、固有名詞をそのまま使っています。出典は最後に書いてあります。(今回のは少し長めです)
スーパーでお買い物をするのが好きなけけ氏は、何かにつけてしょっちゅうスーパーに出かけている。売れるための商品の並べ方、今世間で流行っている食べ物の情報、元気な店員さんの接客術。学べるものがなんと多いことか。カラフルな商品を見ているだけでもワクワクするのに、いろんなことが学べるこの場所をほうっておくのはもったいない、とかなんとか理由を並べてはスーパーへ足繁く通うけけ氏であった。
中でも最近特に充実して来たなぁと感じるのがチーズ売り場である。1970年代生まれのけけ氏の世代だと、チーズといえばいわゆるプロセスチーズと呼ばれるもので、各種のチーズを溶かしてまとめて延べ棒みたく加工したチーズである。確か給食でも消しゴムのような形をしたプロセスチーズが出されていたはずだ。だが、昨今のスーパーに並んでいるチーズはどうだ。ゴーダ、チェダー、パルミジャーノレッジャーノ、カッテージ…。なんだか人とかお洒落な情報誌の名前のようだ。ゴルゴンゾーラなんてまるで悪の提督のようではないか。ブルーチーズって、チーズなのに青いのか?食えるのか?そんな色も形も産地も様々なチーズがショーケースからあふれんばかりに並べられているのは見ていて楽しいものである。
だが、そのようなチーズには目もくれずにけけ氏が手に取ったチーズは、そう、6Pチーズである。丸い箱に入っていて、中には綺麗に6分割された扇型のチーズがきちんとおさまっている。美しい。だが、たかがチーズと侮るなかれ。さほど値段が高くないチーズを、わざわざ円形の箱を作って収納するという、日本人独特の美意識が感じられるではないか。けけ氏が6Pチーズに惚れ込んでいる理由の1つである。
中身はいたって普通のプロセスチーズ。けけ氏が子どもの頃からほとんど形を変えることなく存在している。(いや、実際は昔のより今の方が若干薄くなっている気がしているのはけけ氏だけではないはず…) 赤と青を基調とした蓋のデザインもさることながら、蓋を取った時に銀色のアルミホイルに包まれたチーズが整然と並んでいるのもステキだ。銀紙をはがして黄色いチーズを再び集結させた状態も愛らしくて好きだ。けけ氏は6Pチーズを愛している。当然ではあるが、チーズで作られているチーズケーキも大好物である。
プロセスチーズには給食で出されていたような消しゴム型のものもあるのだが、けけ氏はなぜか6Pチーズにこだわる。それには深いわけがある。
中学の同級生に影響されて美術に興味を持ったけけ氏。もともと画力があったのだろう。デッサンが得意で、どんなものでもそっくりにスケッチブックに描くことができた。勉強が得意ではなかったけけ氏のポジションは、学校で一番絵が上手いやつ。勉強そっちのけで絵を描くことに没頭していった。そのまま高校生になり、やはりそこでも勉強はそこそこだけどおそろしく絵が上手いやつ、というポジションは変わらなかった。
「ねぇ、けけ君。この絵ノートに描いて」
「けけ君、文化祭のポスターなんだけど、デザイン頼める?」
「けけ君、学級通信のイラスト描いてもらっていい?」
絵が描けるって案外重宝されるんだな。ちょっとハナタカなけけ氏だった。放課後は美大受験のための予備校に通い、せっせとデッサンの腕を磨いた。学校で一番絵が上手いんだから、大丈夫、美大には合格できる。自信に満ち溢れたけけ氏の高校生時代であった。
念願かなってけけ氏は見事美大に合格。これで思う存分絵が描ける…と思ったのも束の間。けけ氏の周りは「学校で一番絵が上手いやつ」ばかりだった。自信がガラガラと音を立てて崩れた瞬間だった。念願の大学に入ったばかりなのに、けけ氏は早々に自分を見失った。
「描けない…」
「描きたくない…」
「あーあ、明日っからどうしよっかなぁ。とりあえず学校はサボるか…」
帰宅途中にある公園でいつも絵を書いている絵描きがいた。黒い帽子に黒いコート。普段は目にも留めていなかったのだが、今日はどうしたことか、意気消沈したけけ氏の視界にスッと入ってきた。何を描いているんだろう?ちょっとキャンバスを覗かせてもらう。なえ?まる?ただのまる?思わず話しかけた。
「すみません。何を描いてるんですか?」
「見りゃわかるだろ、まるだよ」
「…ですよね?」
「まるはいいぞー。球体なんて、どっからみてもまるだ。どこで切ってもまるだぜ。こんな物体他にあるか?だから俺はまるを描いてるんだ」
「はぁ…」
「お前も描いてみろ。心がまるくなるぞ」
「……………」
饒舌な男に押されて何も言えないけけ氏。黙ってその場を去った。
まるはどこから見てもまるか…。そうか。オレはオレだ。どこから見てもオレだ。オレはオレのままでいいのか。自分をまるっとまるごと愛してやればいいのか。何かがストンと腑に落ちた。よし。何か描きたくなってきたぞ。オレもまるいもの描いてみるか。何かあったかなあ。冷蔵庫をあけるとそこには6Pチーズが入っていた。あった!まるいやつだ!まずはこれだ。
再び絵に向き合うことができるようになったけけ氏。スランプから抜け出すきっかけとなったのが、まるい6Pチーズなのであった。以来このチーズはけけ氏のラッキーアイテムとなり、ことあるごとに食べることとなった。そして「まる」も彼の大切なモチーフとなった。
6Pチーズあったかな、と冷蔵庫を開けたけけ氏。チーズに何か書いてある。カタカナで名前?あぁ、先日遊びに来たトガシくんの友人だ。とにかく何にでも自分の名前を書くのだ。油断していた。まさか冷蔵庫の中の物にまで書いていたとは。ま、中身は食べられるからいいんだけれど。あいつ、何にでも自分の名前書くんだよな。
チーズを食べながら考えた。このチーズをパズルみたいにして何か作れないかな。黄色い怪獣。バラして組み換えるとまるい箱にピッタリ収まる。名前はろっぴー、なんてどうだろう。
けけ氏は怪獣も大好きである。がおー。
出典
こばなしけんたろう 短いこばなし三十三本①
maru maruの人
振り子とチーズケーキ
こばなしけんたろう セルフポートレートワールド
ATOM アトムより
maru ガジェットショー